雨の夜と山道

「あの~…」と声をかけたわたし。

「え?!」という声とほぼ同時に、

急ブレーキをかけて、車が停まる前に身体ごと振り向き

首を後ろに向けた運転手さん。

え?え?何?

仕事帰りに同僚と食事をして、

ちょっとお酒を飲んだ帰り道。

いつもは自分の車なんだけど、飲む予定だったから

車は家に置いてきた。

繁華街はネオンがまぶしい。

夏の暑い夜だったけど、霧雨が降っている。

ちょうど来たタクシーに手を上げて乗り込んだ。

家までは20分位か。

ほとんど信号がない道なんで、家までは距離的にかなりある。

「どちらまで?」と運転手さん。

行先を言ってから

「山の方を通って下さい」

運転手さんの返事は歯切れの悪い物だった。

車の中は無言。

時々、ルームミラーに映る運転手さんが

こっちを見ているのが分かる。

いや~、饒舌な運転手さんも困るけど

無言もちょっと居たたまれない。

何か話そうか、それとも話すことが嫌いなんだろうか。

いつもは無言も気にならなかったんだけど

この時は、胸がつかえたように息苦しい。

意を決して声を掛けたら、さっきの反応だった。

急ブレーキに前のバックレストに頭がぶつかりそう。

それよりも、急に後ろを向いた運転手さんが怖かった。

なんのことはなかった。

途中に墓地があって山道は真っ暗。

そんな中で暑苦しい雨の夜。

運転手さんは、後ろに人が乗っていなかったら

どうしようと思ったらしい。

セミロングの髪で、雨で髪が顔に張り付いた女が一人。

山道を通るように言われて、凄く恐ろしい思いを

したそうだ。

乗せなければよかったなんて思っても遅い。

何か話そうと思っても言葉が出てこない。

それで時々後ろをミラーで見ていたそうだ。

それからは誤解?も解けて話をしながら

家まで走ってもらった。

タクシーの運転手さんは、自分じゃ経験していなくても

怖い思いをした話を時々聞いていたそうだ。

ごめんなさい運転手さん。

帰ってから周りに話したんだろうな。

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