うっかり壊されたベルリンの壁

ある日のニュースでつるはしを手に何かを壊している人が

映っていた

その壊されていたのがベルリンの壁

第2次大戦後にドイツが東西に分断された後、西ベルリン

を囲むように作られた壁だ

ソ連に支配された東ドイツから西ドイツに行こうとした人達を

完全に分断するために一晩で作った壁だ

ある日の朝に目覚めたら高い壁がそそり立っていた

いつも通りに仕事に行ったまま戻れなくなった人や

親類の所に行ったまま戻れなくなった人がたくさんいた

戦争の後に分断された国はドイツだけじゃない

日本も南北に分断されるところだった

これは妄想じゃなくて本当に起こりえた事だ

突然自分が別の国の国民になって家族に会えなくなり

自由を奪われるなんて考えたくもない事だ

東ドイツと言われた国の人達は当然のように西ドイツへの

脱出を考えたけどとっても困難だった

この東ドイツの中にあった西ベルリンが壁で囲まれた

為ににげる事が出来なくなった

東ドイツから西ベルリンにいってそこから西ドイツに逃げようと

する人が多かったからそれを阻止するために作られた壁だ

ところがハンガリーがオーストラリアとの間の鉄条網を

全部撤去してしまったので東ドイツの人達が

ハンガリー経由で脱出しようとした

けどパスポートを持っていない為に国境付近に

難民のキャンプが出来た

ある日のハンガリーでの夕食会で『大ピクニック会』を

やろうなんて言い出した人達がいた

ハンガリーのネーメット首相がその気になってピクニック会を

催して国境警備隊だとかオーストラリア人の誘導で

西側に脱出できた人達がたくさんいた

これがベルリンの壁崩壊の2か月前の事

慌てた東ドイツが東ドイツ市民の旅行を禁止したので

その事から起きたデモが『月曜デモ』で50万人にも膨れ上がった

どうしようもならなくなった東ドイツは旅行の規制緩和を

打ち出した

出国許可証があればどこに旅行しても良いという法令だったけど

混乱を防ぐために翌日からの発行になった

これに対して東ドイツのシャボフスキー報道官と言う人が

記者の質問にうっかりと大きな勘違いで規制緩和は

«直ちに遅滞なく壁はどこからでも越えられる≫と答えた

一気に壁に向かう人達に困ってしまった警備隊は

ゲートを開けてしまった

それが1989年11月9日のこと

28年ぶりに壁がなくなった日だ

この時の映像にはハンマーで壁を叩く人や壁の上に上がって

槌で叩く人が映っていた

ハンガリー政府の英断に驚くと同時に称賛を送る

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