3月11日

平成23年だった

あれからもう15年たったんだ

あの日の事はどこで何をしていたか

誰とどんな会話をしたのかはっきりと覚えている

テレビに映った映像を見て映画かと思った

それくらい現実離れしたものだった

けどそこにいた人達にとっては現実のことで

それは今でも続いていて終わってはいない

家に帰ると母が呆然としていた

母は海のそばで育って

ずっと前からTUNAMIをひどく怖がっていた

«テレビねどこをつけても同じなんだよ

って言いながらもテレビを消す事には気づいていなかった

家にいる間は朝から夜までテレビを見ていたようで

急に認知機能が落ちて行った

それはもうあっという間だった

気を紛らわせようと思って

春になったら植えるものをメモしてって用紙を渡した

けれど

字を書くことも忘れたようで

たった3文字を思い出せずに何種類も書いていた

2月には自分で確定申告もしていたのに

一人で病院にも通っていたのに

後になって聞いたら孫は

絵をかくのに黒いクレヨンで画用紙を塗っていたという

知人のお母様もこの日を境に体力が落ちて行ったという

遠く離れた自分たちでもこうなのに

そこにいた人達は…子供たちは…

忘れる事は出来ないし

忘れたらいけない事だとも思う

日本はいろんな災害に遭いやすい小さな島国

他国に比べて建築基準なども厳しいものになっているけれど

自分たちでも考えておかないとならないと思う

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