両親のいる家に行ったら、母が不機嫌だった。
口を真一文字に結んで、絶対に口を開かないぞって言う決心?が
見えていた。
こういう時は静かに見ているのが一番なのは以前からの事。
穏やかな表情の父が台所から出てきた。
ああ、お掃除をしていたんだなって言うのが分かる。
普段は留守がちの父は、家にいる時に物置を直したり、棚の上の方を
片付けたり、風呂場の目地を修理したりと色々としている。
それが母には面白くないのだ。
「私にあてつけて掃除するんだよ」と、ようやく話す気になった母が
言う。
当てつけじゃないよ、手の届かない所や重い物を動かしてて片付けし
ているんだよ、母さんが出来ない所をさ。
「い~や、違う」
もう何を言っても無駄なので、母が話す時だけ聞いてあげようと思う。
作業服とかの洗濯は、母さんがしたら手を痛めるからって言ってたよ、
だから俺がするんだってさ。
かあさん、私が小さい時にストーブの火が消えたらつけられなくて、
父さんが帰って来るまで布団の中にいて待ってたでしょ?
時々、昔の事をポツンポツンと話して聞かせる。
私がおなかにいる時に、帰ったばかりの父さんに空の丼を持たせて
屋台のラーメンを買いに行って貰ったって言ってたよね。
お皿を蓋にして、風呂敷で包んで持ってきたって聞いた。
「うん、とうさん優しくてさ、怒った事ないよ」
だんだんと機嫌が治って行く母。
良し良し、良いぞ良いぞ。
家の中の事を済ませてから、父が小さな小銭入れを手にどこかに出かけた。
袋を手に家に帰って来た父は、「これだったら良いだろう?」
長い柄のついたお風呂洗いのスポンジだった。
自分が整形に入院する事になったので、絵のついたスポンジを買いに
行って来たとの事だった。
母は小柄なうえに、胃と腸の手術をしていたので、お風呂掃除をすると
風呂場のヘリがおなかにぶつかるし、何より、めまいで頭からお風呂に落
ちたら大変だと言う事で、ホームセンターで探してきたんだって。
「なんも、そんなの買ってこなくたって…」と言いながら、母はまんざら
でもない表情だった。
今日はきっと父の好物の『お汁粉』でも作るんだろうな。
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